2026/1/30-2026/2/6


定義の存在化と定義の階層の末端


今回は定義の階層において「定義」を「存在」として抽象化する概念と、
定義の階層における自然界の定義の末端の「境界」について説明する。
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私の考察の中では「自然界」が上位、「知能」などの存在は下位という扱いなので、
上位側に「自然界」がある前提で話を進める。

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定義を抽象化した存在とする方法:
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定義の階層の考え方は、
自然界という世界がエネルギー分布から成り立ち、
このエネルギー分布を分けるものが「定義と存在」であり、
「存在」は物体や事象、現象などとして現れ、
この存在が現れる事を「事象」とした時に、
事象を固定化したり規定するルールが「定義」になる、という考えになる。

また、
・・・→定義→存在→定義→存在→定義→存在→・・・
と、定義と存在が入れ子状態で続くというものであり、

「定義」は「存在」と別の「存在」が変化する「差」を規定するものであり、
「存在A←→定義←→存在B」このような関係となり、
また、「存在」は「定義」と別の「定義」の境界に成り立つ事象となり、
「定義A←→存在←→定義B」このような関係となる。

そして、それぞれの定義と存在は、二面性を持ち、
定義は2つの存在の二面性の間に成り立ち、
存在は2つの定義の二面性の間に成り立つ、という考え方になる。

以下の様な関係が在れば、

存在A:(定義X):存在B

それぞれの存在Aと存在Bも別の定義の二面性の間に成り立つというものである。

定義:(存在A):定義X
X定義:(存在B):定義

そして、「定義X」が、
「存在A:(定義X):存在B」の二面性を持つとき、
定義Xは、存在する対象として指し示す事は出来ず、
事象として現れない関係性としての「定義」というだけであるが、
以下の様な関係性が構成出来れば、「存在」として抽象化できる事になる。
ただし、定義Xをそのまま存在化したものではないので、
あくまで抽象的な存在とすることができる、
というだけになる。

存在A

定義X→存在C←定義Y

存在B

存在Aと存在Bの間の関係の「定義X」を存在化させようとした場合、
別の「定義Y」と二面性を持たせる事で、「存在C」という形で存在化させることが出来る。

つまり、二面性で言えば、

定義X:(存在C):定義Y

こうする事で、「定義X」の一面を持つ「存在C」として対象にすることが出来る事になる。

例で言えば、数学における「円」は、
平面上にある、ある点から、等距離にある点の集合であり、
平面は「存在」し、
この点の集合の外側は「存在」し、この点の集合の内側も「存在」するが、
中心の「ある点」や「点の集合」は定義であるが、実際には「存在」しない。
しかし、別の「定義」、今回の例では、
「平面上にある、ある中心点から、等距離にある点の集合」という定義で、
実際の中心の点や点の集合を定義したので、抽象的に「円」として存在化させることが出来ている、
という事になる。

細かいことを言えば、中心点も定義から抽象化して存在化させたものである。
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定義の階層の末端について:
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最初に定義の階層の末端の話をする前に、前提となる気づきの内容を説明する。

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2026/1/30

刺激をエネルギー分布の中にある定義の階層の関係性として考えた場合、

刺激=変化情報+先天的定義の関連+自己情報(身体性)

エネルギー=自然界の実体+(+何らかの定義)+自然界の実体

自然の要素(存在)=自然界の要素+(+何らかの定義)+自然界の要素

という事になる。

つまり、自然界のある「定義」によってエネルギー状態が固定化したのが「存在」。

また、別の存在に変化する可能性、つまり「定義」となる可能性の一面も持つが、
「存在」が事象として現れただけであれば、
「存在」のイメージとしては「存在」がイオン化したような状態、
つまり、反応する可能性は持っているが、別の存在との間の「定義」がまだ確定していない状態もあるのではないか、
という考え方に気付いた。

つまり、定義の階層において、

・・・→定義A→存在X→定義B→存在Y(ここから先は「→定義C→存在Z」の可能性はあるがまだ決まらない。)

このように「存在Y」が生じた所までの状態もあり得るのではないか、という事になる。
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そして、今回の「定義の階層の末端」についての考えに続く。

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2026/1/31

定義の階層の「境界」:

定義の階層における末端についての考え方。

これまで自然界の上位には何らかの存在(世界のようなもの)が在り、
この上位の存在の定義によって下位の自然界が存在するという考え方であったが、
改めてエネルギー分布と定義の階層と二面性について考えた時、
その定義と存在の入れ子状態の端については、延々と定義と存在が続いているというよりも、
「存在」が端にあり、そこから先の定義に繋がっていない、という考えに至った。

ただし、その先に繋がる定義と存在が在り得ないということではなく、
分からないなら、そこで考えを「留めて置ける」ことにする、という考え方にした。

ここで、まず、末端を「定義」にしてしまうと、定義の階層と二面性の考え方から、

存在:(定義):存在

という二面性を成り立たせるために、
定義を一面として持つ存在がもう1つ必要になるが、
末端が「存在」である場合、

定義:(存在):定義

という二面性を成り立たせるために、
「定義」は必要になるのだが、
エネルギー分布として考えると、
存在は、エネルギー分布の中で、定義によって存在する事象であるということになるため、
仮にここで止まっても問題ないという事になる。

これは、先日に考えたイオン化したようなイメージとして、
末端が「存在」で留め置けるのではないか、という考え方を元にしている。

もう少し厳密に言えば、エネルギー分布の中にあって、
ある定義によって固定化された存在は、二面性のもう一面が、仮に、
その存在化を支える世界全体であると考えれば、
定義の階層の端の処理は、「存在」で保持できるのではないか、という事である。

昨日の続きのイメージとしては、定義の階層を高分子として考えた場合、
高分子の端がイオン化しているようなもので、
分子としての原子の結合は連なっているが、その端は、何も接続していないが確定していて、
接続できる可能性は残っているというイメージである。

つまり、この端の「存在」から先に再び別の「存在」が見つかるとか、新たな接触があったときに、
「定義」で結びつける事は出来る。
ただし、端の「存在」は、仮にその先の「存在」がなく、「定義」が無かったとしても、
世界の中に在る定義と階層の「端」においては、「存在」で保持できるのではないか、
という事である。

つまり、定義の階層で、

・・・→定義→存在→定義→存在→(定義なし)

であった場合、その端の「存在」は「無い」と言い切れるわけではないが、

定義:(存在):定義無し

なのではなく、

定義:(存在):世界を成り立たせる端

ということで「世界を成り立たせる端」という「定義」で閉じることが出来るのではないか、
という事になる。
そして、仮に「世界を成り立たせる端」の先の「存在」が見つかるか、接触してきた場合には、
改めて「定義」でその先が繋がるというわけである。

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今回は短いがこの辺で。

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著者:[Hiroaki Kano]
本稿の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、特定の機関や団体の公式な立場を示すものではありません。