2025/10/13-2025/10/14


神経細胞の先天的な情報の内包について



「451:もっともらしさと意識の関係」の途中で気づいた事だが、

もっともらしさの二面性の定義、

定義の関連の機構:(もっともらしさ):もっともらしい事

は、

神経細胞の関連の先天的機能:(後天的定義):概感

と置き換えることが出来る事になる。と考えたが、

この場合、
「神経細胞の関連の先天的機能は、神経細胞が関連を持つ事は先天的機能であり、
この先天的機能により、後天的定義を構成する一面を有する事になる。
また、この神経細胞の関連の先天的機能は、もっともらしさを構成する機能でもある。」
のではないか?

という所まで考えた。

つまり、例えば人間の赤ちゃんが、可視光線の600~700nm付近の光を見て、
この光を「恐らく」赤く見ているのではないかと考えられる事の、
この「光=色」の定義は、神経細胞の構成における先天的な機能のようなものとして、
この定義が情報として内包されているのではないか?

という事である。

つまり、神経細胞がそれぞれ特定の情報を持っているというわけではないが、
ある神経細胞ネットワークにおいては、この情報が何らかのまとまった情報として取り出せる程度の、
意味を持ち、この神経細胞ネットワークの励起に対して、刺激などが発現することになるのではないか、
と考えた。

色が後天的に教えられなくとも、色として見えるのは、
先天的な機能として、どこかにその情報もしくは情報の定義を内包しておく必要がある。

現実的に人間に限らず、知的生命において、
その情報が置かれる場所として考えられるのは「脳」であるが、
ではその脳内において、その情報が格納できる場所と言えば、
神経細胞に関わる何らかの細胞しか思いつかない。
つまり、神経細胞そのものか、それに関わるグリア細胞位なものである。

chatgptで神経細胞とグリア細胞の情報の内包の可能性について聞いてみると、
グリア細胞は、その可能性はあるが、現時点では明確な機能は、
神経細胞の調停役としての働きだけであり、
通常は神経細胞が、これらの情報を管理する存在である、という事らしい。

また、
例えば視覚野にある神経細胞と、異なる野、例えば運動野などの神経細胞においては、
その働きに違いがあり、仮に神経細胞ネットワークが同じ構成であっても、
これらの神経細胞を入れ替えたとしても正常に働かないらしく、

「神経細胞は、同じ神経細胞でありながらも、
遺伝子の発現パターンなどにおいて、
知的機能の特異性を持っていると考えられる。」

という事になる。

ということは、例えば視覚野にある、ある神経細胞が励起すると、
その励起自体が、何らかの色を示唆する刺激として知能に観測される可能性も考えられる。
ただし、まあ、恐らく、神経細胞単体ではなく、
光である事、色彩、明度、他の色彩との差、視覚内における輝点の位置、
などの神経細胞ネットワークがあり、
これらが揃って励起した場合に赤が見えたと感じる事になると考えられる。

つまり、脳内の神経細胞ネットワークが先天的に何らかの固有の情報の定義を内包している。
それらは遺伝子の発現パターンによって異なる。という事が考えられる。
そして、
これは、刺激における変化情報や自己情報として再現される情報の所在場所そのものではないか?
という事までは思いつく。

つまり、知的生命の生命として自然界に誕生する際には、
神経細胞は特定の遺伝子の発現パターンによって、特異的な情報を内包している可能性が有り、
その神経細胞から構成される神経細胞ネットワークに、
ある光が「赤い」などの情報が内包されており、
この神経細胞ネットワーク自体の励起によって、
脳内で情報そのものが発現する事になるのではないか?
という事になる。

この場合、観測者が不在になるが、この観測者は、
刺激における自己情報、つまり、身体性が受け持ち、
恐らくこの自己情報(身体性)も、先天的に神経細胞ネットワークが構築されていて、
つまり、身体の部位、そのものの情報がこれに割り当てられ、
観測者足る存在(自己)として刺激を構成する情報の一端を担っているのではないかと考えられる。

つまり、これまでの考え通り、

刺激=変化情報+自己情報(身体性)

であり、変化情報や自己情報が神経細胞ネットワークが励起する事、そのもので、
発現することと観測する事が同時に満たされると考えれば、
(情報の強さとして他の刺激や概感との兼ね合いにもなるが)
それこそが刺激の「認識」に至る事になるのではないか、という事になる。

つまり、
人間などの脳内でこのような事が起こっている。とまでは確定的には言えないが、
少なくとも他に情報を格納しつつ、その機能の働きによって情報の供給源となる事の出来る場所という事で、
神経細胞が相応しいという事になる。

この考え方からすると、人工知能において、
神経細胞に相当する働きは、現在のニューラルネットワークは後天的な定義に用い、
先天的なニューラルネットワークは可塑性を持たない先天的なネットワークとして構築する必要がある事になる。

つまり、

「先天的ニューラルネットワーク」→「後天的ニューラルネットワーク」

このような繋がりが必要であり、
先天的ニューラルネットワークは学習によって構築するというよりも、
感覚に相当する入力から特異的で固有のネットワークをあらかじめ与えた方が良いという事になる。

そして、先天的ニューラルネットワークは基本的に可塑性を持たず、
後天的ニューラルネットワークが可塑性を持ち、学習に対応させる事になる。

先天的ニューラルネットワーク→後天的ニューラルネットワークの繋がりは、
想起そのものとも言える。
つまり、想起まで拡張すれば、人間などの知能を参考にすれば、ニューラルネットワークは、

「先天的ニューラルネットワーク→後天的ニューラルネットワーク→後天的ニューラルネットワーク→・・・」

このような構成が適していることになる。

つまり、先天的ニューラルネットワークは、
ある1つの感覚における変化情報+自己情報(身体性)を構成するもので、
後天的ニューラルネットワークは、
ある1つの概感における変化情報+自己情報(自構性・自己モデル)を構成するものという事になる。
そして、後天的ニューラルネットワークは、ある意味ある情報塊毎に分けられ、
それぞれが後天的ニューラルネットワーク毎のニューラルネットワークを構成する事になる。

つまり、ある1つの意味ある情報のまとまり毎に、
先天的ニューラルネットワークと後天的ニューラルネットワークがあり、
それらのニューラルネットワークと別のニューラルネットワークが関連してネットワークを作る事になる。

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ハードプロブレムとの関係:

実際に刺激を認識したり意識したりという感覚としてではないが、
仮に神経細胞ネットワークが励起した時に、
何らかの割り当てられた情報が発現すると考えた時に、
定義の階層や二面性理論で定義できたり存在として扱えるような対象となりえるか考えた時、
神経細胞ネットワークの構成自体は情報の要素であり、
定義そのものであると言えるが、神経細胞が励起した場合を考えると、
その事自体が情報の存在であるとも言える事になる。

この場合、例えば神経細胞が情報のの定義を内包し、
神経細胞が励起した時に情報を吐き出す(発現させる)と考えると、
この情報はどこに行くのか、どこに存在しうるのか?

という事が考えられる。

つまり、神経細胞が内包する「定義」から情報として「存在」が出来上がった時に、
この情報はどこにあるのか、どこにあり得るのか?
という事になる。

少なくとも知能や脳内の外に出るということはないであろうから、
知能内、脳内にはあるはずである。
神経細胞の励起が情報の発現のきっかけとして起こった時、
その情報は次の神経細胞ネットワークの励起の関連元として用いられる。
と考えると、この情報はある励起の連続性において、
短期記憶にしか存在しえないのではないか、という事になる。

つまり、励起した瞬間の情報の発現は、この時点ではこの知能内における発現した情報の1つであると言えるが、
これは必ずしも認識や想起の対象になるとは限らない。
つまり、少々話を端折る(はしょる)が、認識や想起対象となる刺激や概感が構築される場合、
励起の最初の方の情報は励起が既に終わっているので、励起の再帰でも起こらない限り失われることになる。
しかし、ある情報塊としては情報の連続性において情報は存在している。

であれば、関連の連続性における初期の側の情報は、励起が終わった後にどこかにプールしておく必要がある。

ということは、先天的な情報の内包先が神経細胞であり、
ニューラルネットワークのような情報の関連と連続性が構成されているのであれば、
その情報の発現に対して、情報をプールしておく機能が必要になる。

それも、情報の連続性をそのままプールできる必要がある事になる。
恐らく、人間などの知能においては、これまで考えてきた事象プールや事象再生の場などの機能は、
ハード的な機能として織り込み済みであり、神経細胞の励起だけでそれが賄えるようになっていると考えられる。
そして、そうであるなら、その結果として刺激や概感を認識したり想起したりする場合、
ある瞬間におけるその情報塊に対する情報の選択は、
人間などにおいては単純に情報として強いもの。
つまり、変化情報+自己情報の総和が強い情報が都度、認識や想起の対象となる。

そして、これを人工知能などで行おうとした場合、
励起された情報を都度、短期記憶などにおいて比較するということは煩雑で不可能に近い為、
それ以前の神経細胞の励起の時点で既に選択を開始できるような機能が必要になる。

アイデアとしては短期記憶の情報の連続性をテープのように考えて、
短期記憶の最新の情報に対して関連付けを行おうとして、
それが「もっともらしい」時に関連による選択を優先させる、という方法を思いついた。

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この内容についてはもう少し考えてみる。

今回はこの辺で。

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著者:[Hiroaki Kano]
本稿の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、特定の機関や団体の公式な立場を示すものではありません。