2025/3/21
2025/3/22(変更+追加)

論理的思考とそうでない思考

今日考えていたのは論理的な思考があるなら、
そうでない思考もあるだろう、という事についてである。

414・415で考えてきた内容からすると、
身体性に関する定義の含まれない思考ということになる。(変更)
論理的思考は身体性に関する定義の含まれない思考ということになる。(追加)
そして、(追加)
論理的思考が、後天的な経験や情報を用いて機能するものであるとすれば、
論理的でない思考というのは、身体性の定義が含まれた情報を用いて機能するもの、
という事になる。

つまり、

論理的思考→後天的定義
論理的でない思考→後天的定義+先天的定義

から構成される思考という事になる。

思考自体が、定義による事象の再構成の認識であるわけだから、

論理的思考→概感
論理的でない思考→概感+刺激

ということになるが、
思考それ自体が想起による機能であり、その認識によって事象の存在を確認するものであるから、

論理的でない思考:1→概感
論理的でない思考:2→刺激

という事になる。

この内、2の刺激を構成する思考は、実際には思考ではなく、
刺激に対する先天的定義による選択であるから、生体の「反射」などが該当する。

そして、1の概感を構成する思考は、論理的思考と同じになるので、
実際には論理的でない思考ではなく、論理的思考、という事になる。

つまり、厳密に思考を分類すると、
反射は思考には含まれないと考えられるが、

論理的思考→後天的定義
論理的でない思考→先天的定義

から構成された思考・選択、
つまり、この定義から構成された事象の認識という事になる。

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ただ、そうであるなら、勘や直感などは後天的な経験などから培われるものであり、
後天的な経験なくして構成できる事象ではない。

しかし、勘や直感は選択した後に認識が後付けであるように感じられるが、
実際は論理的思考も、事象の構成は認識の前であり、認識は後付けである。

つまり、一見論理的でない勘や直感などの選択も、後天的な経験の情報を用いているという点から考えると、
十分に論理的な思考の範疇に収まる事になる。

異なるのは知能が認識できるタイミングの違いであり、

つまり、

反射→勘・直感→論理的

という思考の違いはあるが、
用いている定義においては、

先天的定義→反射
後天的定義→勘・直感・論理的

という分類になる。

つまり、後天的定義を用いて反射を行おうとしたのが勘や直感という考えであると理解しやすい。

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であれば、知能による思考や選択は3つに分類出来て、

先天的定義を用いた反射、
後天的定義を用いた勘や直感
後天的定義を用いた論理的思考

という事になる。

まあ「思考」が理解しづらい当てはめづらい言葉であるので、
「適応」を使うと、

先天的定義→反射的適応
後天的定義→直感的適応
後天的定義→論理的適応

これらの適応の機能を用いて、

知能は直面した事象の構成と認識を行う、

と考えられる。
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まとめ:

今日の考えからすると、
知能を構成する定義において、
その定義から構成される事象に対して、
何らかの選択が生じる場合、

論理的・非論理的として考えるよりも、
定義による事象の構成方法によって、
その選択の機能が変わると考えた方が良いという事になる。

つまり、先天的定義を用いた反射と、
後天的定義を用いた勘・直感・論理的思考などがあり、
勘・直感・論理的思考の違いは、
現時点では厳密な定義はないが、
その選択を認識する際の事象の構成にかかる速度や時間によって、
その認識が変化するがと考えらえる。

今日はこの辺で。

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