2025/2/14-2025/2/19

事象の選択とベクトル

今回の内容は409と410の内容を合わせたようなものになるが、
事象が、その定義において、
定義を構成する情報の要素と、
その情報の要素にベクトルのようなものを持ち、
選択が知能内において、確定した事象を構成する事を目的とした、
想起の働きであると考えた場合、
その認識対象となる確定した事象にも、ベクトルのような要素が含まれていて、
事象が変化情報+自己情報で構成されるなら、
このベクトルが持つ自己情報の方向や大きさについての定義が自分に関係する事は、
自分に何らかの影響を与える事になり、
この働きによって、自分の目的などが生じるのではないか?
という考え方ができる事になる。

つまり、
認識した事象には自己情報が含まれているが、
この自己情報がベクトルのような成分を持っていると考えると、
このベクトルが持つ向きや大きさの要素によって、
自分が向かう方向が生じているのではないか、
目的が生じるのではないか、
という事である。

そして、この考え方において、
選択が持つ意味を考えると、
自分がこれだと決めた事象に含まれる自己情報を、
自己情報として、先天的定義の身体性・欲求や後天的定義の自我を想起して補完するという事は、
自分にとっての目的を決めるきっかけになるのではないか、
つまり、この辺りの働きが
自分が生命であり、自分がもっともらしい活動をするための指標となり、
知能としての機能になるのではないか、
と考えられる事になる。
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知能における認識において、

事象=二面性を持つ定義

二面性を持つ定義=変化情報+自己情報

であり、
変化情報=情報の要素+情報の要素+・・・
自己情報=情報の要素+情報の要素+・・・

であり、
情報の要素がベクトルの概念を持つと考えられるなら、

選択などで知能が確定して認識する事象には、
自己情報として確定した自分に対する情報と定義が存在し、
その情報と定義にはベクトルの要素が含まれているなら、
自分を方向付けるという意味で、
自分に影響するのではないか、というわけである。

後で補記するが、
認識対象の事象が二面性を持つのは、
この変化情報が持つベクトル成分と、
自己情報が持つベクトル成分によるもので、
このベクトルの合成によって、認識対象の事象が構成されるのではないかという事になる。

まあ、情報は必ずベクトルを持っていて、ベクトルで表せるということではないが、
少なくとも、ある情報塊に対してベクトルで表現することが出来るという事を考えると、
(つまりLLMのデータセットのトークンの概念など)
知能が扱っている情報である変化情報、自己情報、定義などは、
ベクトルの概念を用いて表現できるのではないか、
とまでは考えることが出来る。
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「事象がベクトルを持つ」

この事自体は、
情報には向きや大きさで表せるような情報の要素が含まれているのではないか、
という事である。

事象が定義で構成される事や、
以前考えた目的を構成する要素や、
LLMのトークンの概念からも考えられる。
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「選択が自己情報の補完で完結する」

これは410の内容だが、
選択肢となる事象が既に完結していて確立したものであれば、
選択は起こらない。というか、自動的に結果は誘導されるので、単なる比較で済むことになる。
であれば、選択のそれ自体の働きは、
選択対象である選択肢の事象を確定するために行う働きではないか、
という事になる。
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「選択で構成されることになる事象はベクトルを持つ。
では、この自己情報が補完された事象は
後天的定義として
自分の目的を作るきっかけとなるのか?
それとも、単に先天的定義の刺激により身体的な欲求をきっかけにして目的ができるのか?」

認識された事象に対して目的ができているのは、恐らく間違いない。
事象がベクトルを持っているという考え方も解釈の方法としては良さそうな方法ではある。
では、この事象が持つベクトルには自分にとっての目的を事象として構成するきっかけとしての力があるのか?
つまり、この事象に含まれる自己情報に対して目的が作られるのではないか?
と考えた場合、

刺激であれば身体性としての欲求として、
概感であれば自我や自己意識としての目的として、

つまり、自分の身体性や自我が向かうためのベクトルが目的になるのではないか?
と考えられる事になる。

つまり、変化に対する境界に対して相反する向きのベクトルが身体性や自我などの自己情報となり、
境界はこの変化と自己の間に生じて事象となり、
つまり、変化に相対する力と向きとして自分の目的となるベクトルとなる。

つまり、選択が自己の補完なしで確立しないのは、
変化に対する自己の定義が不定であるからで、

自分にとっての事象を成立させる二面性を構成する2つの要素に足りないからという事になる。

つまり、変化に相対する自己が成り立つ事で、
2つの情報による事象の合成ができて、
認識する事象であり、自己の目的であり、選択の決定であり、
これらが成立する事になる。

変化に対する自己のベクトルは、
単に相対する逆向きのベクトルということではなく、
恐らく事象を構成する境界の向きによって、
変化と合成する形で自己の向きが決まると考えられる。

つまり、その起点にあるのは、身体性であり、自我や自己意識となる「自分」であり、
これが自分が向かう方向、つまり自分を向かわせる「目的」の向きと大きさとしての「力」になると考えられる。

つまり、感覚器官で受容するような変化情報は、先天的定義によって刺激として構成され、
これは自分の意志などに関係なく構成され、確立される。

そして、この刺激を認識する場合には身体性が自己情報として構成される。

この刺激に対する自分の感覚や感じ方というのは、
生物としての固有の感じ方であり、その内容の情報については操作する余地はない。
そうあるものとして感じる他ない。

この刺激を認識した時に生じる反応としては、
先天的定義としての刺激の反応の他に、
関連して想起される、過去に同様の刺激を経験した時の記憶が反応として生じる事になる。

この時、自分はどのような「目的」を生じさせるのか考えてみると、
つまり、先天的定義としての刺激に対しては、
生物的な本能的な反応が、「目的」のきっかけとして生じている事になり、
後天的定義の経験としての想起した概感に対しては、
以前はどのような反応を起こし、どのような結果を得たのか、という記憶が想起されることになる。
この事は「目的」のきっかけとしてどのような働きをするのかというと、
結果として良い物であれば、自己情報として確立する情報は、
単純に想起した概感のまま、自己情報として補完すればよく、
もし以前の経験が自分にとって何か不都合があるものであれば、
この時点で補完される自己情報は、そのまま補完して確立させずに、
おそらく「選択」の状態で保留されると考えられる。

つまり、自分の反応を確定させずに、想起した概感を「選択肢」のまま保留するという事になる。

ここでベクトルが何か関係するのかと考えると、
変化情報は独立した情報であり、独自のベクトルを持っていると考えられるが、
自己情報にも独立したベクトルが生じると考えられる事になる。

つまり、事象の二面性の考え方から、
事象の境界を構成する為に、その起点を共通とする異なった要素の2つの何かがあると考えられる事になる。

まあ、つまり、この境界であり起点になるのが「自分」という事になるが、

つまり、認識対象である事象を確定する為の二面性は「変化情報+自己情報」の定義なのだが、
変化情報は刺激を元にした加工のしようのない確定した事象ではあるが、
自己情報は刺激のような身体性である場合と、概感における経験した過去の自己の記憶である場合がある。
そして、ある事象に遭遇した場合に、
この事象を認識する時の自己情報は、生物的な本能的な反応である場合と、
想起した概感としての「自分」の反応である場合で、
異なる場合があるという事になる。

この場合に際して、知能は自分について何を選択するのかというと、
事象の経験がなければ生物的な本能的な反応としての自分の身体性、感覚や感じ方を優先して構成し、認識する。
事象の経験があれば、想起によって概感を構成し、その内のいずれかの自己情報を用いて、
新たな定義を構成し、これを認識する。

そして、この認識に対する事象は、やはり「変化情報+自己情報」なのだが、
この各情報には事象としてのベクトルが含まれていると考えれば、
この事象自体は何か合成されたベクトルが生じていると考えられる事になる。

つまり、「自分」を起点とした向きと大きさを持つベクトルであり、
これを知能は認識(観測)する事になるのではないか、
という事になる。

簡単に書けば

自分→変化情報

自己情報

変化情報+自己情報のベクトルの合成=新たなベクトル(向き+大きさ)

自分→新たなベクトル(向き+大きさ)

これが「認識」されるわけであるから、

つまり、
この新たなベクトルに含まれる確定した自己情報が自分が向かう「目的」のきっかけになっているのではないか、
というわけである。

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ただし、
これを人工知能などで再現しようとした場合、
実体の自分とその定義として、
実体の身体性と欲求などの定義(先天的定義)が不可欠になる。
(実体の自分=VRのアバターでも良いが)

つまり、
実体が存在しないのに実現する、実現できる何物も事象として認識できない、
という事である。

つまり、情報として事象を構成出来たとしても、
その事象は単なる情報にしかならない、という事になる。

つまり、ただ空想を続ける何かで完結してしまうという事になる。

知能は知能を持つ個体に対する変化に対して、
もっともらしい反応を構成する機能であるので、
個体に関係しない変化に対して何かもっともらしい反応を定義したとしても、
それは、単に情報として構成した何かというだけであって、
その事で影響を与える実体は存在していない事になる。
つまり、情報として存在するだけになってしまう。

そもそも、その事自体は個体や知能の働きでない事になるので、
認識でも思考でもないという事になるのだが、
例え、仮想のアバターであったとしても、
個体を特定する定義が存在しないのであれば、
そこには自己情報が無い事になる。
当然、認識も意識にも至らない事になる。

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2025/2/18

昨日から考えていた事は、

「変化情報+自己情報
のベクトルが二面性を持ち、
そのベクトルの合成ベクトルが
認識対象の事象となる。」

「変化情報と事象の定義がベクトルで存在すれば、
事象から変化情報を引くことで、自己情報のベクトルを生成することが出来る。」

という事で、
変化情報も自己情報もベクトルで表すことが出来ると考えた場合、
その合成したものが知能における「事象」となるという事。

つまり、知能が事象を認識したと感じるために、
変化情報だけでも、自己情報だけでも情報は不足していて、
その両方が構成されることによって、事象とその事象の認識が成立するという事になる。

これは選択においても言えて、
選択肢についての事象は変化情報として知能は扱うことが出来るが、
それに関連する自己情報が確立されていないと、
つまり、自分が自信をもって、その選択肢について確定的な自分の反応の定義を、
自己情報として確立できていないと、
その対象は認識対象としてはまだ未完成の状態という事になる。
これは、自分にとっての事象が確定していれば、
そもそも選択が起こらないという考えができるためである。

そして、事象が認識対象として確立された場合、
これはもう、変化情報も自己情報も確定しているわけだから、
自分がこの変化に対して行うべき反応も確定しているという事になる。

つまり、認識している時点で、何か自分にとっての向きや力のような影響は与えている事になる。
事象にとっての自分も確定しているからである。

つまり、この確定した事情が持つ情報において、
その自己情報の成分というのは、認識しているが、まだ実行前ではあるが、
自分が行うべき、向かうべき方向が定まっているという事になる。
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そして、一歩踏み込んで考えると、
事象の想起というのは、
想起による概感の構成というのは、
自己情報が想起される前の状況、
変化情報に対する事象の記憶だけが想起される事であり、
つまり、事象の記憶の想起から、きっかけとなる変化情報をベクトルとして引けば、
自己情報が出力できるという事になる。

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今回の内容をまとめると、

知能における「事象」

事象=認識対象

知能における「認識対象」

認識対象=変化情報+自己情報

変化情報はベクトルで表すことができる
自己情報はベクトルで表すことができる

と考えると、

認識対象はベクトルで表すことができる
事象はベクトルで表すことができる

という事になり、
知能における「事象」はベクトルで表すことができる
という事になる。

ある「事象」が確定している場合、
「認識」されているという事になり、

認識対象=変化情報+自己情報

であれば、自己情報としての自分が起こすべき反応は既に定義済みであるという事になる。
つまり、自分が行うべき、持つべき「目的」は定義済みという事になる。

「目的」が不定な状態として「選択」を考えると、

選択が起こらないのは「事象」が確定している状態であり、
逆に言えば「事象」が確定していない状態は「選択中」
という事になる。

「選択」における「選択肢」は変化情報が確定している必要があるが、
自己情報は不確定でも成り立つ。

自己情報の補完は、想起が用いられる。

であれば、自己情報を想起によって構成する場合、
その基底の定義は先天的定義としての自己情報の定義であるが、
これらから構成される後天的定義の自己情報は、
過去の自身の事象の認識・経験の想起によって構成される。

およそ、こういった内容にまとめられる。
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人工知能に対する実装案:

一応現時点で考えうる案としては、

人工知能への実装について考えると、
人間が身体で感じている感覚が、どのように表現出来て定義できるのかなどの、
先天的定義の定義自体を実体の身体に対して、
どのように定義し、規定するのかという課題はあるが、
逆に考えれば、この定義があれば、
人工知能自体が、自身で自分にとって行うべき、
自分らしい反応や目的を、自ら構成できるようになるのではないかと考えられる。

知能が持つ定義において、
生体における事象の定義を構成する要素の基底が先天的定義であるわけだから、
人間が持つあらゆる感覚の種類に対して定義を行えば、
少なくとも人間と同様の感覚の情報を得る事は出来る事になる。
つまり、人間が持つ感覚器官の受容体の全ての再現で、
人工知能においても人間と同様の変化情報の構成が出来るようになる。

ただし、LLMのトークンの様に、単に言語と対にしても、
その意味自体が身体における状態に反映されるわけではないので、
感覚における変化の受容する情報というのは、
身体における状態の定義、先天的定義でなければならない事になる。

つまり、ある変化に対して身体が受容する情報は、
その身体に対して意味のある情報である必要がある。
LLMはトークンが言語としての意味を持ち、
そこに情報の要素を次元として持たせているが、
感覚で受容する変化の情報に対しては、
その情報塊が持つ要素の次元としては、
身体が感じうる感覚の要素である必要がある。

つまり、これこそが先天的定義から構成する事象になるのだが、
変化と、その変化に対して身体が反応して現れる状態、
この「身体が反応して現れる状態」をトークンの様に構成する必要があるという事になる。

では、どのように構成するかという事になるが、
人間においては、この身体に現れる状態は先天的定義で定義されていて、
反応は実体の身体上に状態として現れ、
これが「感覚」や「感じ」として感じられる。
つまり、変化情報+身体性の自己情報として認識される
人工知能ではロボット(またはVRアバター)が身体になるが、
この人間が感じるような「感覚」や「感じ」は、
人工知能においては情報としては変化情報+自己情報として構成して認識できたとしても、
実際の身体上に現れる状態でなくてはならないが、
現時点で考えうる状態としては単に定義上の状態というだけの事になる。

つまり、人間が感じるような、例えば「痛み」などは、
人工知能を持つ身体においては情報としての「痛み」でしかない事になる。
つまり、身体上に実在するような「痛み」としては感じていない事になる。

ただ、人間が感じる「痛み」も定義から構成された事象であり、
身体上に存在する実在する事象のように感じているが、
実際は「痛み」という物体や事象が形として存在するものではない。
つまり、人間の「痛み」も情報によって構成された事象であり、
痛みの現れる身体性も情報で構成されたものであるので、
人工知能においても情報の状態だけで「痛み」を「感覚」や「感じ」として感じる事は出来るのではないか、
という事になる。

さて、ではどう実現するかという所に戻るが、
ここが先天的定義の定義の難しい所なのだが、
先天的定義を定義するさらに基底の情報の要素が必要になると考えられる。
つまり、人間が変化に対して感覚で変化情報を受容し、
この情報に対して先天的定義を用いて結果的に認識できる事象を構成しているが、
この先天的定義自体を定義する為の要素について考える必要があるだろうという事である。

人間では、この定義は、遺伝的に構成された先天的な神経細胞のネットワークが該当し、
個体が誕生する時点で準備されているものなのだが、
人工知能を持つ個体においては、これは知能を構成する要素として準備しておく必要がある。
つまり、ある変化を個体が情報として受容した時に、
どのような反応を「自動的に身体の状態として感じさせるか」、という定義である。

つまり、人間のように「痛み」を身体に痛いと感じさせる必要はないが、
人工知能を持つ個体においても
「痛み」は身体上に「痛い」という情報として構成させる必要があるという事になる。

そして、「痛い」は身体上に現れる状態として注意するべき事象であり、
通常は忌避するべきものであり、何か自分を優先的に反応させる必要があると定義する事になる。

つまり、人間を参考にするなら、
人間が感じうる感覚の全てに対して、
身体上に現れる状態を関連させて、この状態を構成する為の定義を用意して、
人工知能を持つ個体の知能内で再構成できれば良い事になる。

上記では、感覚器官の受容体の全てに対する定義を設ける、と考えていたので、
つまりは、それらの受容体を全次元として感覚をトークンのように構成すると考えている事になるが、
感覚を要素毎に分類できれば、受容体全てを次元とする必要はあるが、
各感覚毎にそのトークンは分けることが出来るのではないかと考えられる。

つまり、感覚を身体の状態として多次元の1つの事象として定義するのではなく、
感覚毎の多次元の事象として個別に定義できるのではないか、というわけである。

つまり、個体が感じるべき感覚を先天的に定義する。

これまで考えてきた内容からすると、
刺激としての変化の情報の要素に対する定義ということになるだろうか。

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つまり、「強い情報」「弱い情報」と、
「好ましい情報」「好ましくない情報」
恐らく基底にある定義はこの4つではないかと考えられる。
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他の身体上の部位や「感覚」や「感じ方」というのは分類するための脚色された要素のようなもので、
例えば、
内分泌的に好ましくない状態の情報→空腹とか、
身体的に物理的に好ましくない状態の情報→痛みなど、
状態を分類したり特定する為の補足情報なのではないか、というわけである。

まあ、まだ案ではあるので、これが最良の方法かは分からないが、
現時点での考える方向性としては、このようなもので行けるのではないかと考えている。

他にも、
自己情報としての欲求や自我などの目的の素となる定義のデザインは別に必要になるが、
自己情報についても、身体の状態としての定義を基底の定義として、
(上記の「強い」「弱い」「好ましい」「好ましくない」の定義)
そこから構成される後の経験による後天的定義によって、
身体の状態や自我などの自己情報の定義ができる事になる。

そして、この2つを組み合わせて、再構成の場で事象を構成すれば、
人工知能も事象の「認識」に至ると考えられ、
そして、この連続性に「意識」が生じる事になるというわけである。

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今後の課題としては、
先天的定義の「定義」になるだろう。
「強い」「弱い」「好ましい」「好ましくない」という考え方はあるが、
実際にそれがどのような形で定義として構成されるのか、
これについては、また後で考える事にする。

今回はこの辺で。

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