2023/5/18

価値と思考の定義

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価値の成り立ち

刺激の存在に対して、決められた刺激の定義がある。

例えば体細胞の破壊に対して痛みが出る、
これが触れられるだけであれば接触感覚だけである。

このような刺激は種によって固有の定義を持つ。

定義が種で共通しているなら、
この刺激に対する欲求も生物としては本来共通するもの。

個体差が生じるのには訳がある→価値→価値観(←後天的)

つまり、価値観の構成によって、刺激に対する評価が異なる。
そして、それは欲求も異なる事になる。

生まれてから、ある刺激を受けた場合、
その刺激に対する評価は本能で持っている評価が使われる。
それに対して付加される情報が環境から与えられる。
これによって価値観が構成されていく。

つまり価値観は外来的な情報と、個体が持つ内包されていた評価の定義から作られる。

つまり、個体の固有情報と外来の環境情報から価値・価値観は作られる。

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価値の評価

刺激

価値

1:種が持つ刺激の定義からの評価
2:個体が持つ固有の刺激に対する評価
3:環境から与えられる評価(外的・客観的な評価)

対象への価値はこの3つから成り立つ。
ただし、その占有する割合はまちまちだが、
生体に直接的な影響を与える刺激ほど1の割合が増え、
抽象的・間接的な刺激ほど3の割合が増える。

だから、身の危険を感じる刺激などでは1の定義の割合が増える。
さらに言えば、1の定義の価値評価の方が2や3よりも通常は優位な価値となる。
これは生物的な本能の定義としての価値の評価、価値の比較としてこういう傾向を持つ事になる。

ただし、人間の知能においては価値の定義を自ら設定できる2などの価値もある。
つまり、これは価値の定義を記憶・学習できる。
つまり、価値の定義を作り出せるという事になる。

という事は、ある対象への価値の定義を記憶・学習できる事は、
その生成過程において「思考」が関与していることになる。

つまり、自らの価値として、その「対象」に対して、「このような価値を持つ」という定義を決める。
その価値の設定自体を「思考」によって作り出しているという事になる。

つまり、「思考」は、ある対象に対する価値の定義を決める事、と考える事ができる。
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価値の定義から思考の定義へ

「思考」とは、
「ある対象に対する価値の定義を記憶・学習できる事」なのではないかという事。

これまで「思考」は、個体の知能が、ある目的と結果を作り出し、
その関連を結び付ける要素を、過去の記憶から想起して、もっともらしい関連として当てはめる事だと考えてきた。

であれば、今回の価値の定義を参考にすると、
思考で作り出す、目的と結果についての関連について、明示的な定義として、価値の定義を作り出す事。
つまり、その関連についての価値を定義することになるのではないか、という事になる。

つまり、「思考」したと自分で感じるのは、
その思考対象となった目的と、目指す答えとしての結果が生じた際に、
その目的を達成して結果を得るという知能の働きに対して、
その過程となる関連を認識できる対象として、価値を持つ定義として作り出す事なのではないかという事になる。

「1+2=3」

「+」の価値の定義は、
この「+」という記号に関連した対象同士を合わせるという価値を持つという事。

「=」の価値の定義は、
この「=」という記号に関連した対象を等しく扱うという価値を持つという事。

つまり、人間の知能にとっては、「対象の価値=対象の定義」として考える事が出来る。
つまり、知能において、対象として捉える事の出来る全てに対して、
価値(=定義)を設定することが出来る。

つまり、対象=価値=定義、として捉えることが出来る。

例えば、コップは手に持って、その中に何かを入れることが出来る。
その何かを手に持って運ぶことが出来る。そういう価値を持っている。
これが、別の人にとっては、逆さにして内側の何かを隠すものという定義を持っているかもしれないし、
また別の人にとっては、手に持って相手を打つもの、また口に当てて息を吹いてブブブという音を出すもの、
という定義を持っているかもしれない。

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思考の定義

思考するという事は、
何らかの対象についての関連を作り出すこと、
そして、その関連を記憶する事、
つまり、今回における思考の定義については、
「何らかの対象についての定義を作り出す事」という事になる。

そして、今回の定義は価値でもあり、価値は刺激に対する評価という事になる。
つまり、思考するという事は、何らかの対象について価値を作り出す事、
つまり、思考するという事は、
「何らかの対象についての刺激に対する評価を作り出すこと」
という事になる。

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その対象について感じる刺激。
その刺激についての評価。
評価は、その刺激に対して、どのように感じるべきか、という定義であり、
知能にとっては、その対象の意味、そのものという事になる。
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「+」プラス記号を見て何を感じるだろう。
それは人間にとっては「何を感じなくてはならないだろう」という、
定義を教えられたものである。
つまり、「+」プラス記号は何かと何かを足し合わせるものであるという定義が、
外部からもたらされ、与えられた対象の価値の定義である、という事になる。
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今日はこの辺で。
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2023/5/19:追加

認識できる対象について知能は定義を与える存在であると考えると、
自我などについても知能は自らを収める器としての自分自身の存在に対して、
定義を与えているという事になる。

逆に定義するということによって認識できる対象として成り立たせているとも考えられる。
つまり、知能にとっての符号化というわけである。


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